【オリジナル小説】夢の狩人

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あらかじめ小説・歌詞から優れた言葉を選び、それを使って書いた練習作品です。どうぞよろしくお願いします。 言葉ソース:夢十夜・第一夜/君の名は・夢/六等星の夜

夢の狩人

 世界の終わりから来たり、夢を獲物とした狩人が現れた。彼は「想い」と名乗り、課せられた使命を果たすために、色んな夢を取り集めてきた。

 しかしながら、狩人はこれまで一度も夢を捕ることが出来なかった。

 一巻の物語が描かれた壮絶な夢であろうと、平凡ながら趣に満ちた奥ゆかしい夢であろうと、夜が明けて目が覚めたら、確かにそこにあった記憶も感情も絆も、何も残さず消え失せてしまう。 跡形もなく、余韻もなく。ずっと探し求めていた夢と云うものは、到底泡のように現れては消えて、儚い幻影に過ぎないことに、狩人は気がついた。

 そしてある日、狩人はこんな夢に訪れた。目の前には、静まり返った真夜中の風景が広がった。星屑をちりばめた夜空の下に、あたり一面の月見草が果てしなく続いて、 その吹き渡った微風にゆらりと揺らいでいた。そして、濃い緑の中にじっと座っていたのは、一人の少女であった。

「腹が減った。喉も渇いた。私が探しているものをください。そしたら去ります」

 いたづらなる世に惑ひ、目を曇らせた狩人は、少女に食を乞いた。

「私の隣に坐ってください。物語をお話します」

 澄んだ純粋な声で、少女は優しく誘った。

 こうして、二人は肩を並べて、夜空を眺めながら、話しを繰り広げた。物語は、少女の今までの人生であった。色んな人と出会い、色んな願いを叶えた。 楽しく笑ったことは数えきれないほど、そして悲しく泣いたことも時々あった。狩人は少女の話に聞き惚れてしまい、体の空虚も心の飢渇もすっかり忘れてしまった。

 いつの間にか太陽が東から出て、そして西へ落ちた。程なくまた東から昇って、そのまま西へ沈んでしまった。何十、何百の昼夜も経った。 つれづれなる昼も、眠りたくない夜も、二人は話し続けていた。やがて世界の誕生から知り合ったように、二人は分かち難く結びついて、互いのかけがえのない心の支えになった。

 そして千夜が過ぎて、その1001回目の夜が訪れた。まるで本当の夜明けが来ることを仄めかしているかのように、今夜は風だに吹かず、物静かな無言の闇夜であった。 その天の一隅を飾るオリオン星座を見て、狩人は自分の本来の使命を思い出した。

「もう行かないと」

 不安げに狩人が声に出して云った。

「知っています」

 静かな声で、少女が答えた。

「行くのだ──この場所からじゃなく、この夢から行くのだ。もうすぐ夜が明ける、そして夢もじきに終わる。本当に、もうじきに終わるんだ」

 焦りの色を隠せず、狩人は真実を告げた。

「知っています」

 やはり静かな声で、少女が答えた。

「夢から醒めたら、この夜空も、この千夜の物語も、この瞬間に二人がここにいたことさえも、全部消えてしまうんだ。本当に何もかも、消えてしまうんだ。 それはもう忘れたくても忘れないほど覚えているからだ」

 胸から湧き上がった感情をもう抑えきれい狩人は、泣くような声で叫んだ。

「知っています」

 まるで初めからすべてを悟ったように、少女はとても柔らかい声で、微笑んで答えた。そして二人は黙り込んだ。何一言も言わず、ただ黙り込んだ。 森羅万象を吸い込んだようなその静寂は、千年も続いた果てのない極夜のようにも感じられた。

「でもそんなことはないですよ」

 とても甘やかな少女の声が、闇夜の沈黙を貫いた。その透き徹るほど深く見えた少女の瞳の奥に、狩人の姿が鮮やかに浮かんでいた。

「あのきらきらと瞬いている星を見てください。あれは何千光年も遠く離れた場所で輝いていて、今見た眩しい星の光は、何千年か前に生まれたものでしょうか。 その宇宙の彼方に、尽きるまで自分を燃やして世界を照らした星は今、もうそこにはいないかも知れません。でもこの瞬間に、私たちの目に綺麗に映っているではありませんか。 高鳴る鼓動が聞こえるほど、綺麗に映っているではありませんか。だから、この夢が消えても、この世界が消えても、何かは残ります。きっと、何かは残ります」

 月の光を浴びて、二人は接吻した。

「それをもうあなたの心にそっと預けました」

 気づけば、暁の冷たく滴る露と共に、温かい涙が狩人の頬へこぼれた。溢れるほど盛大に咲き匂った月見草が、見渡す限り一面に広がって、そのじんじんと骨まで沁みた薫りも、 隙間なく二人を包み込んでいた。狩人は初めて捕ることが出来た、「愛」と云うものを。

 ふと、夢から目が覚めた。この夢は、少女の夢でもあれば、何億年も続いた長い長い地球の夢でもある。世界中にたった一つしかない答えを見つけ、 自分の最初で最後の使命を果たした夢の狩人は、悲しみとか寂しさとかかけらもなく、物語の終幕を迎えた。

 『飽かず惜しと思はば、千年を過ぐすとも、一夜の夢の心地こそせめ』

 ほとんど「サヨナラ」を告げる間もなく、地球は唐紅の火球に成り、古今未曾有の爆発を遂げて、やがて七色の光を放ち、一つの塵も残さず消えてしまった。 そして「想い」は、何万、何億もの静かな囁きに生まれ変わり、満天の星の輝く夜空に、いつまでも、いつまでも、響いていた。